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流れを断つ杭は流れのなかに潜ませる

保守に向かう流れに翻弄されることがある。流れ、というと曖昧だが、暗黙の了解のようなもの。それでいて、同調圧力というほど分かり易くはない。誰もが薄々気づいていて、いや、薄々どころか強く反発していたとしても、公の場で主張することはしない、それこそが賢明だと信じられている類のもの。

例を挙げるならば、もはや目前に迫った都知事選挙が当てはまるかもしれない。

メディアは政治批判をよくする。都民も同じだ。市井の人々にも問題意識があり、大きな力をもって一気に造り替えなければ変わらない苦しみがあると考えている。少なくとも、私にはそのように見える。けれども、立候補者に明らかな「市井の人」はいない。一部の変わった顔ぶれも、芸能人枠と考えて差し支えないだろう。身近な誰かはいない。
人は特定される個人になることを避ける。どれだけ個性がもてはやされようとも、匿名性を捨ててまで攻撃に転じると莫迦を見る。

そう、莫迦なのだ、現代社会において、個人は。

裏を返せば、匿名性を保つことは賢明であると目される。保守に向かう、肯定的な流れ。
実際、選挙のような、世間の大きな関心ごとに目を向ける必要すらない。企業や、組織、もっと小さなチームでもいい。人の集まるところには、必ずといっていいほど、賢明な沈黙が存在する。

おかしいと思うことを、思ったさきから言ってしまうような人間は、よってたかって窘められる。
「みんな(問題があることは)分かっている、分かっていてもどうすることもできない」(だから流れに乗ったほうが得だ)「主張しても損しかしない」「(面倒な輩に)目をつけられたら通るものも通らない」「相手が悪い」「時期が悪い」「仕事などに本気になることはない」(どうせ終の棲家ではない)、枚挙に暇がない、親切な助言。私が食い下がっても、根気よく、教え諭す。「誰が得する?」「誰も得しない」

賢明な人々の、なんと多いことか。世に賢者は溢れている。

彼らは次々に伝達していく。理不尽に見切りをつけ、善悪を割り切り、闘争心や攻撃性を抑え、淡々と、茫洋と、流れに身を任せるやり方が、世代を超えて伝播される。

大きな、つまり、多数の人間を巻き込むような改革の芽は、こうして少しずつ摘まれていく。いつの時代も。市井の、目立たない者として生を全うする美徳。保守に向かう流れは止まることがない。濁流のようでいて清く、そして速い。みな競うように愚痴を言い合うが、その愚痴すらも匿名性の域を出ない。それでいい、それが賢明なのだ。出る杭は叩かれる、叩かれた杭は折れず、ただ流される。やがて流れの一部になる。

「みんなが」分かっていること。「みんなが」おかしいと思っていること。それでも、「みんなが」黙って流されているということ。それを了承すること。

みんながみんな賢明である社会。右を見て、左を見てから、慎重に口をつぐむ。
賢明に、静かに殺し合っている。いつか自分の首が絞まることを知りながら、流される。誰も得しないから、何も変わらないから、どうせ無視される、言っても無駄だから、だから未来の自分まで殺す。殺されるままにしている。ゆるやかな集団の、黙殺。
それでいい、と社会は教える。それが総意である限り、間違いはない。正しい。単なる流れだ。文明がこの世に生まれる以前から、集団としての人間の有り様は、そう大きく変わっていない。

でも、それらすべてが理解できていたとしても、流れに逆らいたいと思うことはあるだろう。
徒手空拳、孤軍奮闘して、死んでもいいから一矢報いたい、と思うことくらい、誰にでもあるだろう。

そのとき、それでもやはり、正直な莫迦になってはいけない。それでは絶対に報われない。無駄死にで済めばまだいい、より悪い状況を招いた挙句に死ぬこともざらにある。

だからまずは、流されるのがいい。決して急がないこと。流れを観察する冷静さを失わないこと。その訓練をすること。現代において、賢明であることは、寡黙であることとほとんど同義だろう。沈黙は、おおむね良心的に解釈される。これは大いにありがたい。

それから少しずつ、流れに毒を混ぜる。毒というと大げさだが、流れをほんの少し曲げるだけでいい。時間をかけて、多くの人が自分たちはまだ保守的な流れのなかにいる、と思い込んでいる状態を保ったまま、少しずつ行き先を変えていく。自分を良心的だと信じる人間は、その良心を刺激さえしなければ、気持ちよく流れていってくれるだろう。いや、仮に気づいていたとしても、これまでと同じように、敢えて流れに逆らうことはしない。

善も悪も、こうしてただ流れていく。流れはある種の自浄作用と、保守へ向かう指向性を持っている。その感覚に逆らわずに物事を進める覚悟と忍耐があれば、ごく小刻みの段階をいくつも経て、流れを変えることができる。つまり、結果的に、革新的な案を革新とは気づかせないまま定着させることができる。

解説

実体験を面白レポートにしようと思ったのですが、実体験だとどう書いてもデリケートな内部事情を扱わざるを得なくなりそうだったので、可能な限り抽象的に中味を削るようにして書いていったら、なんだかよく分からない言葉遊びだけが残った、
という、悲しい話。